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東京地方裁判所 昭和31年(行)25号 中間判決

原告 学校法人並木学園

被告 東京国税局長

主文

本件訴は適法である。

事実

原告訴訟代理人は、「原告の昭和三十年七月二十九日付昭和二十七年度分法人税に関する審査請求に対し、被告が昭和三十年九月十五日付でした審査決定はこれを取り消す。原告の昭和三十年七月二十九日付昭和二十八年度分法人税に関する審査請求に対し、被告が昭和三十年九月十五日付でした審査決定はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、訴外渋谷税務署長は原告に対して昭和三十年六月三十日付で、原告の収益事業につき、(一)昭和二十七年四月一日から翌昭和二十八年三月三十一日までの所得金額および法人税額(昭和二十七年度分。)を、原告の収益事業がその公益事業に支出した版権使用料三百七十万五千三百円を寄附金とみなして、損金不算入額を計上した結果、所得金額四千三百九十二万三千二百円(当初額四千百三十二万九千五百円)、法人税額千五百三十七万三千百二十円(当初額千四百四十六万五千三百二十円)と再更正し、(二)昭和二十八年四月一日から翌昭和二十九年三月三十一日までの所得金額および法人税額(昭和二十八年度分)を、原告の収益事業が公益事業に支出した版権使用料三百四十六万八千六百二十円および借室料二百二十一万二千五百円を寄附金とみなして損金不算入額を計上した結果、所得金額四千七百二十万八千五百円(申告額四千百九万三千八百円)、法人税額千六百五十二万二千九百七十円(申告額千四百三十八万二千八百三十円)と更正した。

二、原告は、訴外渋谷税務署長のした右再更正および更正処分に対し、法定の期間内である昭和三十年七月二十九日被告に各審査の請求をしたところ、被告は、同年九月十五日付で前記版権使用料および借室料は法人税法第五条第一項、同条第二項および第九条第四項の規定に基き寄附金とみなすことを妥当とするという理由で右審査請求を棄却し、同棄却決定通知書は同月十七日原告に到達した。

三、然しながら右各審査決定は次の理由により違法である。すなわち、

(一)  法人税法第九条第四項により寄附金とみなされるものは、収益事業に属する資産のうちから公益事業の利益のために支出した金額をいうと解釈すべきである。したがつて、収益事業の公益事業に対する支出が、公益事業の収益事業に対する出捐と対価関係にある場合には右支出は寄附金ではないと解すべきである。

(二)  そこで、本件についていうならば、前記版権および室はいずれも原告の公益事業に属する資産であつて、経理上、法人税法第五条第二項の規定により右版権を収益事業である出版局に、また建物の一部である右室を収益事業である出版局および購買局に貸与した形式になつている。そして、原告が、公益事業に属する資産である右版権または室を、その財産の運用上、原告の収益事業に使用させるか第三者に使用させるかは原告法人の目的に反しない限り自由であつて、第三者に使用させた場合に原告がこれより受ける使用料である所得は、法人税法第五条第一項によつて非課税であるし、その第三者の側からいえば、右版権または室借受の対価であつて、純然たる損金というべく、これが寄附金とみなされないことは明らかである。このことは、原告の収益事業に使用させた場合でも同じである。

(三)  他方、原告の収益事業が第三者から版権または室を借り受けた場合に、これに支払う対価は寄附金ではない。このことは原告の収益事業が公益事業の資産である版権および室を借り受け、その対価として使用料を公益事業に支払つている本件の場合でも同様であつて、その使用料は寄附金ではない。

(四)  然るにかゝわらず原告法人の収益事業が非収益事業に対して右版権および室使用の対価として支出した金額を、法人税法第五条第一項、同条第二項および第九条第四項の規定により寄附金であるとみなしてした前記各審査決定は違法な処分であるので、これが取消を求めると述べ、

なお、昭和三十年九月二十二日訴外文化社伊藤昌子に対する所得税法違反被疑事件に関し、原告方の建物内で証拠物件の差押処分が行われた際、同証拠物件に混入して前記審査決定書など一件書類を差し押えられ、封印を受けてしまつてこれを発見することができず、帳簿に基く計数の再検討を行う手段を失い、訴訟を提起すべきか否かの最終意思を決定するため理事会に諮ることができなかつたために、同月十七日に審査決定書の送達を受けてから三箇月の不変期間内に右審査決定の取消請求の訴を提起できなかつたところ、昭和三十一年三月七日に至り右差押処分が解除されて同日前記事由がやんだので民事訴訟法第百五十九条により訴訟行為の追完をなすと述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は、本案前の答弁として、「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、本件訴は原告が昭和三十年九月十七日原告主張の審査決定通知書を受けてから法人税法第三十七条第二項所定の出訴期間を徒過してなされた不適法な訴であるから却下されるべきであると述べ、原告の訴訟行為の追完の主張に対し、本件差押処分は同年九月二十二日になされたのであつて、審査決定通知書はその前に原告に送達されているし、また、同決定に不服であるならばとりあえず出訴期間内に訴を提起することができるのであるから、仮りに必要な帳簿が差し押えられても訴の提起についてはそれら帳簿類を必要としないわけである。したがつて、原告の責に帰すべからざる事由により出訴期間を遵守することができなかつたものとはいえないと答え、

本案に対する答弁として、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因事実中一および二記載の事実は認め、その余は争うと述べた。

(立証省略)

理由

一、原告は原告の収益事業に関する昭和二十七年度および昭和二十八年度分の各所得金額、法人税額について訴外渋谷税務署長がした再更正および更正処分に対し、原告主張の日被告に対し審査請求をしたところ、被告はいずれもこれを棄却し、その棄却決定通知書は昭和三十年九月十七日原告に到達したことは当事者間に争がなく、右審査決定の取消を求める本訴が昭和三十一年三月十四日当裁判所に提起されたことは本件記録により明らかである。したがつて、本件取消請求訴訟は法人税法第三十七条第二項に規定する三箇月の出訴期間を経過して提起されたことは明らかである。

二、この点に関し、被告は本件訴は不適法として却下されるべきであると主張し、原告は出訴期間を遵守することができなかつたのは原告の責に帰すべからざる事由によるものであると主張するので判断するに、証人飯野晴夫の証言および成立に争のない甲第一号証の四、五を総合すると昭和三十年九月十七日に本件審査請求棄却決定通知書が原告に送達され、経理課長飯野晴夫の手許に届けられたので、同人はこれを公認会計士に見せるべく審査請求書の控とともに金庫に保管しておいたところ、その後四、五日を経過した同月二十二日原告と取引関係のあつた訴外文化社伊藤昌子に対する所得税法違反被疑事件に関係があるものとして原告所有の備付帳簿をはじめ総計百四十八種目にわたる殆んど全部の帳簿書類等を被告によつて差し押えられたが、その際右決定通知書なども他の差押書類に混入してしまつて所在が分らなくなつてしまつたこと、そのために、原告が行政庁を相手として訴を提起するかどうかについて理事会に諮ることができなかつたこと、その後翌昭和三十一年三月七日に至つて右差押処分が解除されたので、書類を整理中に差押処分を受けていた木箱の中から決定通知書がでてきたことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。それであるから原告が出訴期間を遵守することができなかつたのは、右決定通知書等本件訴訟を提起するかどうかを決するに必要な書類が被告によつて、前記のように差押を受けたことに基因するものとして正当の事由によるというべきである。

もつとも成立に争のない乙第五号証、甲第一号証の四および証人飯野晴夫の証言によれば、原告は昭和三十年十二月十二日に本件決定通知書が入つていた木箱を被告から一時借り出した事実が認められるので、その頃、原告において本件決定通知書を発見することができたかも知れないことは推測することができないわけでもない。然しながら、およそ国家機関から差押処分を受けている物件を、その処分が継続中にこれを事実上国家機関の許可を得て借り出し、使用する場合と、既に差押処分が解除されて自己の手許に戻つてきた物件を使用する場合とでは、差押処分を受けた者としてはその物件の取扱について、おのずから、その間に差異を生ずる。すなわち、すでに差押えられた物件は違反事件の調査の必要上、所持人の自由な使用を禁止せられたものと考えらるべきであり、ただ例外的に右調査の妨害とならない場合にのみ特定の目的のための使用が許されるにすぎないから、差押処分が解除せられた場合に比較して使用の範囲を必要かつ最小限度にとゞめ自己の手許に戻つた場合と同様に自由にこれを使用することを躊躇するなど心理的拘束を感じることが通常のことであり且つ合理的な自己抑制である。しかして本件の場合において右に反するような事情を認め得る証拠もないのみならず、前記認定のように、原告所有の帳簿、書類等の殆んど全部が国家機関である被告によつて差し押えられ、そのために本件決定通知書も他の書類とともに差し押えられてどこにまぎれ込んだか原告には全く分らなかつたのであるから、原告が本件訴の提起を準備するに必要な書類を捜し出すためにはほとんど全差押物件の借出許可を求める外はない実情にあり、かかる許可申請をしなかつたからといつて原告の責に帰すべき事由と目すべきでないことは、さきに考察したところからして多言を要せず、したがつて借出を許された木箱の中に右決定通知書が入つているかどうかを借出の機会に調査せずそのためその所在を知らなかつたとしてもあえて原告を咎むべき筋合ではない。差押処分が解除され原告が前記のような拘束ないし抑制を感じなくつてはじめて右木箱の中からこれを発見することができたというのもまことに故なしとしないところであつて、単に発見が容易であつたという事情だけで、原告が容易に排除、回避し得る障害にあたるものと解するのは正当でない。故に他に特段の事由が認められない本件においては、前記借出の事実のみをもつて前段認定を妨げる理由とすることはできない。

以上のとおり、被告のなした前記差押処分は本件の訴提起についての障害事由に該当し、その解除された昭和三十一年三月七日に至つて右障害事由が止んだものということができ、その後一週間以内である同月十四日に当裁判所に提起された本件訴は適法であるから、主文のとおり中間判決をする。

(裁判官 近藤完爾 入山実 秋吉稔弘)

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